私の声を聞き、顔をあげたその頬は真っ青だった。
「アイリス!逃げなさい」
立ち上がろうとするも、母はその場に再び膝をついた。
どうしよう、このままじゃ。死んでしまう! そう思った瞬間、私の拘束がなぜか解かれた。 振り返る間もなく、母の元へ駆け寄り、傷を確認する。「お母様!今、
私は意識を集中させようとした。
「ダメ!やめなさい」
母に手を抑えられた。
「嫌よ!このままじゃ!お母様が死んでしまうわ」
先ほどよりも出血していることが服の上からでもわかる。
「やはり、お前。
この人、母の名前を知っているの。
私の手のひらから光が溢れた。
「おおっ……」
その光景を見て、周囲の男たちは声をあげる。
「アイリス……」
母は段々と失いかけていた意識を取り戻したみたいだった。
「お母様!良かった」
ギュッと母を抱きしめた時だった。
「お前たち!見ただろう?これが
聖女の力……?
私が聖女なの。お母様が魔法を使えることは知っていたけれど、そんな血筋じゃ……?「その女を連れて行け」
貴族の男が命令すると、私は母と強引に引き離された。
「いや!離して!」
「アイリス!!」
母が伸ばした手を私は掴めなかった。
「母親はどうしますか?」
「大した使い道もない。先ほど、聖女の力は確認がとれた。娘がいれば十分だ。それにこの女は我がクラントン家から逃げ出した女。殺してしまえ」
私は騎士たち数人から抑え込まれ、身動きが取れなかった。
「お母様!」
母は私を真っすぐ見据えている。
「アイリス。大好き、愛しているわ」
母の眼から一粒の涙が零れた時だった。
近くにいた騎士が母の心臓部分を突き刺したのが見えた。 鮮血が飛び、母は膝から崩れ落ちた。「いやややぁぁぁぁぁ!!!」
「離して!!」私が暴れていると背中に一瞬電流のような衝撃が走り、身体の力が抜けた。
倒れ込みそうになった瞬間、そこから私の記憶はなくなった。「オスカー様?」
「ああ、気絶をさせただけだ。この家は燃やしてしまえ。この女の死体とともに。上級魔法を使って火力を最大限にしろ。骨も残すな。魔導師を連れて来ているだろ」
「わかりました」
私の知らないところで家は燃やされ、母の遺体は跡形もなく消えてしまった。
私が彼を見つめていると目が合った。「その女性は誰だ?ここの人間ではないな。報告書の中にはいなかった」 彼は段々と距離を詰めて来ている。「ひっ……」 その圧力からか、悲鳴を上げ、私を支えていた執事たちは逃げ出した。「おいっ!お前ら」 オスカーも「チッ」と舌打ちをしながら私を置いて逃げようとした。 が、その瞬間、ドーンという雷鳴が聞こえ、一瞬、青い光のようなものがオスカーに刺さったかのように見えた。 彼はその音と共に倒れ、次第に床に血だまりができ、彼が一瞬のうちに絶命したことを理解した。 これはなに?どうなっているの?この人の力? 私はストンとその場に座り込んでしまった。 腰が抜けてしまったというか、単純に何も食べていなかったためか、力が入らない。「監獄にでも幽閉されていたのか?何をした?」 私の破れたドレスからは素足が見え、足枷のあとが見える。「何もしていないわ」 この人に嘘は通用しない。この人の目を見た瞬間、そう感じた。「話はあとから聞こう。ここはすでに危ない。魔導師が暴れているらしい。屋敷から出るぞ」 手を差し出されたが、この手を取って良いのだろうか。 躊躇っていると「カートレット様!魔導師が魔法陣を解きました。ここは危ないです。俺たちも退避します」 部下らしき人がこちらに向かって叫んだのが聞こえた。「わかった」 落ち着いて彼は返事をした。 この屋敷は崩れるんだ。だったら私もここで死んだ方が楽よね。 これ以上生きていても私には何も残っていない。大切な人も。守りたい人も。死ぬのを覚悟していたところだったじゃない。「私はここに残り、死にます」 私の発した言葉に驚いたのか、彼が一瞬目を見開いた。「なぜ死のうとする?何か罪を犯したのか?」 彼の言葉の後ろで、ガタガタと建物が崩れる音が聞こえる。 ああ、本当に終わるのね。「罪は犯していません。あなたは早く逃げてください。危ないです」 そういえば、煙の色も濃くなっている。 なんだか苦しくなってきた。コホコホと咳も出る。「お前を残して逃げはしない」 彼の言葉に返答のしようがなかった。 どうして。ほっといてよ。 生きていたら私がここに幽閉されていた理由をきっと調べられるし、もしも聖女の力があるとわかったら国に利用されるだけ。 私は私で居られなくな
私は暗闇の中でずっと一人で過ごす、そんな日々が続いていた。 残っているのは、母との楽しい思い出だけ。 涙も出なくなった。 食事も摂らず、ただその日を生きていた。「洗脳」と呼ばれるものは私には効かないらしい。 魔導師が来て、何か呪文を唱えたけれど、私は影響は受けなかった。 これも聖女の力が関係しているのだろうか。 オスカーが焦り始め「いい加減、諦めたらどうだ」 そう告げてきた時だった。「大変です!オスカー様。今、王都の騎士団が来ています。調査が入るそうです。他国への情報漏洩や密輸、領土での平民殺し等が疑われています。すぐに応接室へ来てください」 執事長らしき人物が現れ、オスカーとともに消えた。 この家紋は本当に最悪ね。早く消えてしまえばいいのに。 きっと悪事を働いていることは確かだろう。 私もこの力を彼らのために使うつもりはない。 一層のこと、私も死んでしまえばいいのよ。 死を覚悟していた時だった。 その時、地上から物凄い鈍い音が聞こえた。 雷鳴のような、ドーンとした地響きも聞こえ、振動も感じる。 一階で何が起こっているの。 建物が揺れる感覚を覚える。 耳を済ますと悲鳴のような声も聞こえる。 しばらくすると数名の足音が慌ただしく聞こえてきた。「早く逃げるんだ。このままだと私たちは処刑されるぞ。アイリスの力さえあれば、何とかなる!この家も燃やしてしまえば証拠が残らない」 私の前に現れたのはオスカーと数人の執事だった。 監獄のカギを開け、私を強引に立たせ、どこかに連れて行こうとする。「早く歩け!見つかるぞ!」 彼らの慌てようは尋常ではない。 引きずられるように一階へ誘導された。 焦げ臭さとともに、屋敷内は煙が充満してきている。 燃えているの? 理解ができずに彼らに引きずられるまま、大廊下に差し掛かった時だった。 目の前に男性が見えた。 服装からして騎士?しかも上級の。オスカーの仲間?「逃げるな。今ここで殺すぞ。オスカー・クライトン」 低い声音。怖い。 この人たちの仲間ではないの?「お待ちください。カートレット騎士団長様。決して逃げようなどとは……」 息を切らしながらオスカーが答えた。「では、ここで何をしている。私は応接間でずっと待
そして私は母を殺した貴族、クラントン家に連れて行かれた。 連れてこられた後も私が一向に治癒力を見せようとしないため、拷問を受けることもあった。「自分の傷は自分で癒せるだろう?」そんな風に言われて。 私は自分のために治癒力を使わなかった。 だから傷が増えていく毎日だった。 拷問は死なない程度で、頬を叩かれたり、お腹を蹴られたり、手を踏まれたり。 それを楽しんでいたのが母を殺した男、オスカー・クライトンの妻、マーガレットだった。「本当にバカみたいな子。早く力を使えばいいものを。強情なところはあなたの母にそっくりね?」 母という言葉に私の肩がピクッと反応をしてしまった。「あら?知らないのかしら。あなたのお母様はオスカー様の弟と駆け落ちしたのよ。ただの貧民を愛してしまったオスカー様の弟もバカな男だわ。家紋を捨ててまで、あの女と一緒にいることを決めたんだから。ま、その後すぐに事故死したって聞いたけれど」 そんな過去があったの。 お母様はなぜ私に教えてくれなかったのだろう。 私のお父様は病死だと聞かれている。「あなたの顔を見る前に事故死したらしいわね。不運よね。本当に。まぁ、家紋を捨てた恥かしい人間なんてこの世にいない方が良いのだけれど」 ハハっとマーガレットは甲高く笑った。 その声で気づいた。父は病死なんかではない。 きっとこの人たちに殺されたんだ。お母様みたいに。「何その目。気に入らないわ。もっと痛い目に遭いたいの?」「やめておきなさい。マーガレット。皇帝に見せる時に傷ものでは疑われるだろう?この力があれば、うちの家紋は安泰だ」 横からオスカーが現れ、マーガレットの肩を抱いた。「いいか。囚われの聖女よ。早く力を見せろ。まずはお前の自分自身の傷を癒すところを見せろ。本当はできるんだろう?」 返事なんてするわけがない。「ふん。時間はいくらでもある。洗脳から始めるんだ」 不敵な笑みを浮かべ、彼らは去っていった。
私の声を聞き、顔をあげたその頬は真っ青だった。「アイリス!逃げなさい」 立ち上がろうとするも、母はその場に再び膝をついた。 どうしよう、このままじゃ。死んでしまう! そう思った瞬間、私の拘束がなぜか解かれた。 振り返る間もなく、母の元へ駆け寄り、傷を確認する。「お母様!今、治すから!」 私は意識を集中させようとした。「ダメ!やめなさい」 母に手を抑えられた。「嫌よ!このままじゃ!お母様が死んでしまうわ」 先ほどよりも出血していることが服の上からでもわかる。「やはり、お前。治癒力が使えるんだな。しかもその傷を癒せるほどの。ずっと探していた。やっと、やっとだ。たどり着いた。これで私は皇帝より認められ、さらなる力を授けられる。お前だな、加護の魔法を使ってアイリスの存在を守っていただろう。力の使いすぎでこんなにも貧弱になったんだな、アン・ブランドン。愚かな女」 この人、母の名前を知っているの。 治癒力を使わなきゃ、母が死んでしまう。 私は傷を抑える母の手の上に自分の両手をかぶせ、意識を集中させた。 使ってはいけない力だと教わっていた。 母と約束を取り交わしてからは、癒す相手はいつも動物だった。 人間相手にはあまり使ったことはない。母の病気はなぜか力を使っても治せなかった。けれど、今なら治せる気がする。いや、治さなきゃ。 私の手のひらから光が溢れた。「おおっ……」 その光景を見て、周囲の男たちは声をあげる。「アイリス……」 母は段々と失いかけていた意識を取り戻したみたいだった。「お母様!良かった」 ギュッと母を抱きしめた時だった。「お前たち!見ただろう?これが聖女の力だ」 聖女の力……? 私が聖女なの。お母様が魔法を使えることは知っていたけれど、そんな血筋じゃ……?「その女を連れて行け」 貴族の男が命令すると、私は母と強引に引き離された。「いや!離して!」「アイリス!!」 母が伸ばした手を私は掴めなかった。「母親はどうしますか?」「大した使い道もない。先ほど、聖女の力は確認がとれた。娘がいれば十分だ。それにこの女は我がクラントン家から逃げ出した女。殺してしまえ」 私は騎士たち数人から抑え込まれ、身動きが取れなかった。「お母様!」 母は私を
膝を抱え、目をつむっていた。 ここはある上級貴族の家。地下一階の監獄に私は閉じ込められている。 破れたドレスに素足。髪の毛は乱れ、もう何日もお風呂には入っていない。パンとスープ、貴族が食べるには質素な食事だけを与えられていた。が、私はその食事も拒んでいる。 もうこんな世界でなんて、生きたくはない。 その時、コツンコツンと誰かの足音がした。「まだ例の力について、何も話さないのか?」「はい。こちらが話しかけても返答しません」 歩いてきた男が私を見張っている看守に話しかけているのが聞こえた。 この男さえいなければ、私の母は――。 ふぅと息を吐き「いい加減、諦めたらどうだ。アイリス・ブランドン」 呆れかえっているかのように、私の名前を呼んだ。 あなたたちさえ、いなければ。 私と母は今まで通り、普通の生活を送っていたのに――。<隠された力>「アイリス、今日は早く帰ってきてね?なんだか嫌な予感がするの」 その日はお世話になっている牧師様に教会で飾ってもらうお花を近くの花畑へ摘みに行こうとしていた。 母は胸を抑えながら、どことなく不安そうに忠告してきたのを覚えている。「ええ。わかったわ。早めに帰るから」 私と母は二人暮らしの至って普通の平民だった。 父はいない、私が生まれる前に病気で亡くなったと母から聞かされていた。 裕福な暮らしではなかった。 学校も出ていない私は、働く場所もなく、街に出て市場を手伝ったり、知り合いから仕事をもらったり、その日暮らしをしていた。 母は身体が弱い。 ここ数年は頭痛や動悸に悩まされているみたいだったが、原因もわからず、ただ安静にしているしかなかった。 母のことは心配だけれど、調子の良い日はご飯を作ってくれたり、私にいろんな知識を教えてくれるから。 社会に出ても特に不自由することなく、なんとか働けていた。 早めに花を摘み、自宅へ帰ろうと急いでいた時だった。 なんだろう、あの集団。騎士さま? 鎧を纏った騎士が家の周りを取り囲んでいた。 どうして?私たちは何も悪いことなどしていないのに。 もしかしてお母様に何かあった? 息を切らしながら走っていくと「止まれ」とある騎士に声をかけられた。「あの、私の家でなにかあったんですか?母は病気で家からあまり出られないんです!悪い